プライベートで使う電子メールからGmailを廃止した。数年にわたって進めてきた計画が完了したため、その記録をまとめる。

モチベーション

よくある理由の一つとして挙げられる「プライバシーに対する懸念」もあるのだが、自分はそこまでのプライバシー原理主義者ではない。しかしながら、あらゆるオンラインサービスで利用しているメールアドレスという点において、生殺与奪の権がGmailに握られていることは大きなリスクだと捉えている。GoogleのエコシステムとしてGmailがサービス終了する可能性は低いと思うが、利用者個人がGoogleからBANされるリスクは考慮すべきだからだ。

どうするか

まず、ここでGmailと呼んでいるものは、以下のいくつかの意味を持っている。

  • ドメイン名 gmail.com のメールアドレス (で提供される電子メールサービス)
  • 電子メールの実装としてのサービス
    • メールクライアント(Webメール・スマートフォン向けアプリ)
    • メールサーバ

すぐに逃げ出せるようにするためには、とにかく gmail.com アドレスの利用をやめなければならない。独自ドメインによるメールアドレスでさえあれば、メールサーバを切り替えることは容易であるからだ。

メールクライアントについては、もともとサードパーティのクライアントを使用していたので特に支障はない。デスクトップではThunderbirdを使っており、最近AndroidでもK-9 Mailの後継として正式リリースされたのでスマートフォンでの使用にも特に不満はない。もしメールクライアントとしてのGmailに大きく依存した使い方をしていた場合は、固有の機能が多いので移行を難しくしていたことだろう。

メールサーバについては、世の中には様々な実装やマネージドサービスが公開されているし、標準的なプロトコルを利用する限りは移行が容易なので、過度にベンダーロックインされるものを避けながら適宜選択していく方針にする。もちろん self-hosting を排除する理由はないが、運用する自分の信頼性に不安があるので今回は見送る。また、問題発生時に迅速に切り替えできるように、少なくとも2つの異なるプロバイダが提供するメールサーバが使えるようにしておく。

これまでの準備

独自ドメインを利用するようになってからは、少しずつ脱 gmail.com アドレスを進めてきた。当時は無償版 G Suiteという大変便利なものがあり、これを利用して独自ドメインのメールアドレスでGmailを利用してきた。

2022年7月に無償版 G Suiteの提供が終了する1という知らせを受けて、Zoho MailMXrouteという2つのサービスへ移行した。この時点で、メールサーバの脱Gmailは準備が整った。

Zohoは、いわゆるオフィススイートサービスだがメール単体でも契約可能であり、10GB/user2 で1,980円と価格も安い。一方で、ベンダーロックインされそうな機能も持っているためその点は注意が必要である。たまに配送遅延の障害などが発生するが、純粋なメールサーバとしてIMAP/SMTPでの利用に大きな不満はない。

MXrouteは格安ホスティング界隈で有名(?)なサービスで、40GB $30/2-years3 と非常に安い。MXroute LLCという法人によって運営されているが、実態としてはほとんど個人が運用しているようなものと思われる。2023年に大きな障害に見舞われたが、それ以降は可用性に大きな問題を感じたことはない。いずれにしても、比較的重要度の低いメールを運用するためのセカンダリプロバイダとして利用している。

以上を整理すると、下記のような形でGmailと並行運用する状況が続いていた。

  • gmail.com なGmail
  • 独自ドメインなメール
    1. 〜2022年: 無償版 G Suite (G Suite legacy)
    2. 2022年〜:
      • Zoho Mail
      • MXroute

これから

gmail.com なメールアドレスの利用を完全に廃止する。

独自ドメインのメールアドレスへ変更していけば良いのだが、これらがスパムまみれになって実用上の障害になってしまっては困る。Gmailのスパムフィルターの優秀さは認めるが、スパムフィルターに依存しない解決策を検討しなければならない。

解決策の一つは、いつでも捨てられるようなメールアドレスを対外的に利用し、これら宛のメールを待ち受けるプライマリなメールアドレスは秘匿しておくことである。世の中にはこれに特化したサービスがいくつかある。

例を挙げるとFirefox RelayDuckDuckGo Email Protectionaddy.ioSimpleLoginのようなサービスである。これらの詳細な比較は他にやっている人がいそうなので割愛するが、私の要件は以下の2点である。

  1. メールアドレスに独自ドメインを利用できること
  2. 転送されたメールに対し透過的に返信できること

(1)は、サービスが提供するドメイン名でメールアドレスを作成することになってはGmailで抱えたリスクと同様の状況となるので当然の要件である。(2)は、「登録されたメールアドレスでメールを送信しなければ完了しない手続き」を要求するサイトがまれに存在するためである。

この時点でaddy.ioかSimpleLoginの2択となったのだが、運営組織の持続性という観点でSimpleLoginを採用することにした。SimpleLoginは2022年にProtonに買収されており、この点を評価した。一方で、Protonのエコシステムを全面的に信頼できるとは思っていないので、ベンダーロックインされない使い方は意識する必要がある。

結果的に以下のような構成になった。

1
2
3
4
5
Online Account:
  foo-service@alias.example
  -> SimpleLogin:
    -> me@example.com
    -> me@example.net

SimpleLoginが逝った時は、 alias.example のMXレコードを、キャッチオールできるよう設定したメールサーバに切り替えてやれば急場はしのげる。エイリアスアドレスと転送先アドレスが記載されたCSVファイルをエクスポートしておくことができるので、同様のメール転送の設定を組んだり、addy.ioなど移行したりすることもできるだろう。

多少やりすぎ感はあるが、転送先のメールアドレスには異なるTLDのドメイン名を確保してある(なお、例示用なので実際に利用しているTLDとは異なる)。これは、.ioドメインで発生したDNS権威サーバ障害や政治的な変化による存続危機に代表されるような、TLDレベルでどうしようもない事態が発生する可能性が否定できないからである。この観点で言えば、alias.example のTLDは単一障害点になるのだが、そもそもサービス側で複数のメールアドレスを登録できない場合や、メールアドレスの変更には旧メールアドレス宛にメールの受信を要求する場合があり、どうしようもないので諦める。

そして、これらに加えてProton Mailのメールアドレスも確保してある。何らかの不可抗力によって独自ドメインの所有権を喪失した場合を想定し、最終手段のバックアップメールアドレスとして利用する。

メールアドレスの変更が拒まれた事例

さて、メールアドレスの運用構成が決まったので、既存の各種アカウントに登録してあるメールアドレスをガツガツ変更していく。

いくつかメールアドレスが変更できない事例があったので簡単にまとめておく。

TLDが弾かれる

いわゆる新gTLDのドメイン名を使っているのだが、メールアドレスのバリデーションで弾かれた。恐らくバリデーションのパターンがTLD決め打ちみたいな実装になっていると思われる。

SimpleLoginが弾かれる

SimpleLoginが提供するドメインのメールアドレスだけでなく、カスタムドメインとして設定した独自ドメインのメールアドレスでも弾かれる。

PyPIについては、以下の記事によると、disposable-email-domainsという使い捨てメールアドレスに使われているドメイン名のブラックリストと、独自のブラックリストを持っているようだ。

The Python Package Index Blog: Prohibiting Outlook email domains

disposable-email-domains自体は、以下のPRでSimpleLoginが提供するドメインは除外してくれたようなので、これが原因ではなさそう。となるとPyPI独自管理のブラックリストに載っているのだろう。

disposable-email-domains: Added disposable domains from simplelogin.io #252

独自ドメインのエイリアスアドレスも弾かれることについては、PyPIリポジトリの実装であるWarehouseを調べてみたところ、以下のPRが関係していそうだ。メールアドレスのドメインのMXレコードにセットされているドメイン名に対してもブラックリストが実装されおり、恐らくこれによって弾かれている。

pypi/warehouse: feat: check MX records against prohibited domains #16596

SimpleLoginにこうしたWebサイトを報告する窓口があるので、とりあえず一報を入れておいた。もちろん対応してもらえるかどうかはサイト側次第だが……。

SimpleLogin Docs: https://simplelogin.io/docs/report-blocking-website/

変更不可

アカウント設定画面などでメールアドレスの変更操作が見当たらず、仕様として変更できないと思われる。

製品登録とその保証に関係するアカウントは非常に困る。アカウント削除して再登録できるものはそれで解決。

Googleアカウントと切り離せない

OAuthでGoogleアカウントと連携することでアカウント登録したケースである。

メールアドレスが変更できないことや、連携したGoogleアカウントを切り離すことができないケースがあった。

なお、連携済みのサービスは以下のページで確認できる。

サードパーティ製のアプリとサービス: https://myaccount.google.com/connections

その他

  • 機能としては用意されているが、実行するとエラーとなる
    • サポートに連絡して対応してもらった
  • アカウントにアクセスできない
    • 既にサービスが終了している
    • リニューアル等でアカウントの移行手続きが必要だった(既に移行期間は終了)

まとめ

SimpleLoginを利用してメールアドレスの運用の課題を解決し、脱Gmailを完了したよ。

費用4

  • SimpleLogin: $36 /year ≒ 5,580円 /year
  • Zoho Mail: 1,980円 /year
  • MXRoute: $30 /2-years = $15 /year ≒ 2,325円 /year

合計: 9,885円 /year

これを高いと見るか安いと見るか、意見が分かれそう。

時間

300程度のアカウントが存在したが、昨年末からポチポチ進めていって3週間程度で終わったはず。パスワードマネージャに登録がなく忘れているものがいくつかありそうだが、それは忘れても支障がないものだろう。

残った課題

メールはヨシ!として、カレンダーと連絡先の管理をどうするかがまだ未解決。とりあえず暫定的にZohoに移行してあるがやめたい。

CalDAVとCardDAVが喋れれば良いのだが、これらのサーバはself-hostしても良いと思っている。ざっと調べてみると、Radicaleというプロジェクトが良さそうなので、近いうちに立ててみる。


  1. 非営利目的で利用していた無償版ユーザは、後継のGoogle Workspaceでも無償版が提供されることになったらしいが……。 ↩︎

  2. 1ユーザに対して複数のエイリアスアドレスを登録可能だが、無限ではなく最大30個に制限されていることに注意が必要。 ↩︎

  3. これは2018年のプロモーション価格。例年、ブラックフライデーなどで安売りプランが提供されているので、それを狙うのがおすすめ。 ↩︎

  4. $1=155円換算。また、ドメイン名の利用目的はメールだけではないので、ドメイン名の登録更新料は除く。 ↩︎